プロレスの試合を観終えた後、SNSや掲示板でよく目にする言葉があります。
それが――
「この扱いはどうなの?」
試合に負けた選手や、カードの組まれ方を見て、まるで全ての裏事情を知っているかのように語る。
「会社がこの扱いって…どうなの?」と、知った風な口ぶりで。
では、お聞きしたい。
いつ、誰から、その“筋書き”を聞いたのですか?
具体的に日付と相手を挙げて説明できる人は、ほぼいないはずです。
100歩譲って、仮に“筋書き”があったとしても、それは過去の一時点の話かもしれません。
現在は全く違う状況になっている可能性だってあります。
そして忘れてはいけないのは――
「八百長」という言葉は、本来賭けの対象となる勝負でなければ成立しないということです。
競馬、競輪、相撲など、賭けが絡む世界で結果を操作する行為こそが八百長。
プロレスはギャンブルではなく、興行です。
八百長という単語を持ち出す時点で、そもそも論としてズレています。
しかし近年、「八百長」という言葉は減ったものの、その代わりに増えたのが「扱い」という表現。
これは、選手本人の努力や日々の積み重ねを、たった一言で切り捨ててしまう危うさを持っています。
プロレスは“生き物”です。
試合結果やカードは、その瞬間瞬間のコンディションやストーリー、会場の空気、さらには偶発的な出来事まで絡み合って生まれるもの。
それを「扱い」と一括りにしてしまうのは、あまりに乱暴ではないでしょうか。
ファンとしてできることは、推測や憶測ではなく、目の前の試合を楽しむこと。
選手が全力で魅せてくれた一戦に、「扱い」というレッテルを貼るのではなく、純粋にリング上の闘いを受け止めたい。
結局のところ――
「扱い」という言葉を口にした瞬間、試合の魅力も、選手への敬意も、自分の中から失われてしまうのです。
「八百長」は本来、ギャンブルなど賭けの対象となる勝負で成立する不正行為を指します。以下のような意味や由来があります:
- 意味:前もって勝敗を打ち合わせて行う勝負。不正であることが多い。
- 語源:明治時代、碁の名人であった「八百屋の長兵衛(通称:八百長)」が、勝敗を調整して囲碁を打っていたことから生まれた言葉。


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