たまに思うんです。
世の中が“男女平等”とか言いながら、
本当に平等なのは「書面の上」だけじゃないかって。
ある記事を読みました。

読んでる最中、気づけば無意識に心の中でこう呟いていました。
「男に生まれてよかった……」と。
女の敵は女?──タテ社会すら優しい世界だった説
男社会の競争は、わかりやすくて実に単純です。
上司に気に入られる、仕事を早く終わらせる、面白いやつが勝つ。
バカでも筋肉があればなんとかなる場面だってあります。
一方、女性社会は──
目に見えない空気、表情の裏の裏を読むスキル、
絶妙な距離感と共鳴力という名の“察し力”が支配しているらしい。
オールナイトフジの時代、AV女優が出演していた際に
「一緒にしないで」とコメントした某女性タレントがいました。
数年後──見事に芸能界から消えました。
これは何も、その人が悪かったという話ではありません。
“女の敵は女”という構造の縮図を見てしまったような感覚です。
男は単純で、だから救われている
男同士のケンカなんて、たいていは「飲みに行けば終わる」。
最悪、殴り合いでさえ“絆”になる不思議な生き物です。
女同士の静かな火花のほうが、
男社会では想像もつかないくらい根深いこともあるらしい。
そのエネルギー、戦国時代だったら立派な大名レベルです。
でも誤解しないでほしい・・・いや女性と一緒のいるのが嫌
もちろん、女性の生きづらさや苦労は尊重すべき現実(本心ではありません)です。
それでもなお、男の私から見ると
「ああ、自分はまだ“ラク”な方に生まれたのかもしれない」
と、時折思うわけです。
比較ではなく、観察としての気づき
生きやすいかどうかは、性別より性格によるところが大きい。
とはいえ、
社会の中で無意識に強い同調圧力を受けているのは
女性の方が多いと感じる瞬間があるのも事実。
男に生まれて得したと思う瞬間は、
そんな場面を遠くから眺めて「そっと目をそらせる自由」がある時かもしれません。


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