「身の丈をわきまえろ」
耳にタコができるほど言われてきた言葉だ。
悔しいが、あの言葉には一定の真理がある。
出る幕ではない場所に出るな。
分を越えるな。
外から口を出すな。
それは抑圧ではなく、秩序の話だ。
平等と“無制限発言権”は違う
平等が叫ばれる時代になった。
だが、
平等=全員が何にでも口を出していい
という意味ではない。
専門外に踏み込み、
内部事情を語り、
当事者のように振る舞う。
それは勇気ではない。
越権だ。
「刑事事件にする」? やってみろ
最近よく聞く。
「それは刑事事件だ」
「法的措置を取る」
やってみろ、と思う。
言葉を武器にして圧をかける。
それ自体が、すでに議論ではない。
プロレスは闘いの場だ。
だが、法を匂わせる恫喝は闘いではない。
ただの威圧だ。
他団体が“内情”に踏み込む違和感
本題に戻る。
他団体の選手が
新日本プロレス の「内情」にまで言及する。
これは行き過ぎだ。
煽り合いはいい。
対抗意識もいい。
団体間抗争も、プロレスの醍醐味だ。
だが、内部事情にまで踏み込むのは、
品がない。
リング上で語れ。
拳で語れ。
実績で語れ。
内情をネタにするのは、
勝負の外で優位に立とうとする行為だ。
ヒールにも矜持がある
ヒールは嫌われてこそヒールだ。
だが、嫌われ方には美学がある。
- 相手を立てた上で叩く
- 団体の格を下げない
- 最後はリングで決着をつける
それができないヒールは、
ただの無礼者だ。
最近は、その境界線が曖昧になっている。
口数が増えるほど、格は下がる
本当に強い団体は、
外から何を言われても揺らがない。
本当に強い選手は、
他団体の内情を語らない。
なぜなら、
自分のリングだけで完結できるからだ。
外を叩く前に、自分の足場を固めろ。
結論
「身の丈をわきまえろ」という言葉は古臭いかもしれない。
だが、秩序なき自由はただの騒音だ。
他団体の内情に踏み込むのは、
挑発ではない。
安易だ。
プロレスは口ではなく、リングで決着をつけるものだ。
そこを越えた瞬間、
闘いはドラマではなく、雑音になる。
言いたいことがあるなら、
リングで言え。
それができないなら、
出る幕ではない。
執筆:Y.k TKROOM


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