――小学生だったあの日、心に居座った一冊
小学生の頃、誰しも「読書月間」という言葉を覚えているのではないだろうか。教室の本棚、図書室の静けさ、読書カード、そして課題図書。その中でも心にいつまでも残る一冊がある。
私にとって、それは「泣こうかとぼうか」だった。
「泣き虫チャンピオン」オダジマユキオの成長物語
本作の主人公は「泣き虫チャンピオン」ことオダジマユキオ。何かあるたびに泣いてしまう少年だが、ただの泣き虫ではない。痛みや悔しさに真正面からぶつかる、実は人一倍まっすぐな少年だった。
そこへ、ある日転校生の女の子がクラスにやってくる。ユキオは彼女との出会いをきっかけに、友情や家族、夢、そして「強さ」とは何かを考えるようになる。物語は二人を中心に、クラスメイトや地域の人々との1年間の出来事を丁寧に描き、読者に静かな余韻を残す。
子どもの成長を描きながら、大人の心を撃つ作品
「泣こうか飛ぼうか」というタイトルは、ユキオの揺れる心情を象徴している。どうしようもない不安の中で泣くしかないのか、それとも恐れを超えて前へ進むのか――人はいつもその狭間にいる。
子どもの成長物語でありながら、この本は大人になってから読むと見え方が変わる。友情の意味、親子の距離感、努力と挫折、社会との関わり――人生の普遍的なテーマが、決して説教臭くなく、しかし深く胸に残る。
巻末の「数年後の対談」が異例の余韻を生む
この本が他の児童文学と一線を画している理由のひとつは、巻末に登場人物と作者・山中 恒の対談が収められている点である。
ここには「物語のその後」が描かれている。
彼らは子ども時代を経て、それぞれの道を歩んでいる。あの頃と同じではいられない現実、それでも胸の奥に宿る何か――。フィクションの人物でありながら、まるで本当に存在しているかのような”生きた人間”として登場人物が立ち上がってくる。
それは読者にとって忘れがたい感覚を与える。
「彼らは今もどこかで生きている」――そう思わせてくれるのだ。
あの本は今、どこにあるのか?
不思議なことに、この本は現在ほとんど古本市場でも見かけなくなっている。検索しても情報は少なく、むしろSNSで再発見した人たちが「懐かしい」「もう一度読みたい」と声を上げている状況だ。
読書月間の課題図書として多くの子どもたちが触れた作品であるにもかかわらず、今では“知る人ぞ知る名作”になってしまっている。
子どものためだけの本ではない
あの頃は気づかなかった。
ユキオは泣き虫なのではない。感情と正面から向き合う勇気を持っていたのだ。
そう思うと、この本は「子どもに読ませたい本」ではない。むしろ――
迷ったときに立ち止まり、自分を見直すために読む本
大人になって戻るべき、心の原点を教えてくれる本
そう呼ぶべき一冊だ。
もしもう一度読むことができるなら、今度はページをめくるたびに何度も深呼吸をしてしまうだろう。
「泣こうかとぼうか」――あの日の自分に、そして今の自分に問いかけながら。


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